十九、口福庭

手がけた庭をとうとう食べる機会があった。

若葉の初々しい緑に丸められたこし餡を、外郎(ういろう)が曲線の輪を描きながらやさしく包む。東西にひらかれた門口から薫風の玉が顔を出すごときは、どこか神秘な感じさえする。

この上生菓子は勝巖院(京都市上京区)の庭の完成を祝し、お寺の近所で和菓子屋を営む[兎亀屋]の主人と奥さまが形を与えてくださったものだ。『よすがの庭』と銘が打たれ、生まれ変わった庭を契機に、再び寺がひとびとの拠り所となることを祈願する。

手がけた庭は我が子のように可愛いが、それがわずか五十グラムの菓子に姿を変え、また赤子をくるむ「おくるみ」さながらのやさしい形で届けられたものなので、えも言われぬ感情になった。愛の結晶といえば野暮だが、こんな風に庭が愛されるものであって欲しい。その願いがカタチを帯びたようで、またそれを食べるとはなんとも親密な行為に思えた。

ご縁のよろこびを寓話に走らせれば、イノシシが泥臭くコツコツと道を作っていたところに、山を目指してかけくらべをしていたウサギとカメが通りがかる。木陰が気持ちの良い苔のベットでウサギがついつい一眠りしている間に、カメはちゃくちゃくと歩を進め、遂にはウサギを追い越し、山の頂に先着しましたとさ。こんなところだろうか。

[兎亀屋]の西澤夫妻は、庭づくりの最中にどら焼きをよく差し入れてくださったが、それはそれは絶品であった。それに加え、おふたりは庭をともに手入れするコミュニティ・メンバーの一員として、この庭を内側から経験する機会にも丁寧に足を運んでくださった。

季節とともに手品を変える和菓子の世界には、かねてから親近感を抱いてきたが、庭の意匠や草花のディテールに行き渡る彼らの観察眼と、それを限られた色数で、見た目にも味にも美しい形に昇華する手技にふれ、改めて〈庭〉の立ち位置や役回りについて考えさせられることがあった。

庭の完成を祝して創作された『よすがの庭』は、庭の特徴である「道」をモチーフに〈形〉がとられ、菓子を提供するシーズンに合わせて素材の〈色〉を変化させる設計までが織り込まれていた。一年十二ヶ月、あるいは二十四節気、七十二侯まで、季節とともに変化する〈庭〉を味わうための計らいだろう。

初夏の庭園拝観では、新緑のこし餡が〈庭〉の曲線を涼しく描いた外郎に包まれたものが客に振る舞われたが、それは「食べる庭」に他ならなかった。色や形が同じでも、その見立て(銘)によって意味や景色を一変させる。その軽やかで変幻自在な様もまた、和菓子の真骨頂である。仮に銘を『おくるみ』と打てば、初夏に生まれた我が子を喜ぶ祝菓子に様変わりするのだ。

和菓子の世界に打ち立てられた「京菓子」という別天地。京都で朝廷文化や茶道とともに磨かれてきたその文化のエッセンスは〈色〉〈形〉〈銘〉に集約される。この三つの取り合わせの妙で[いま・ここ]の瞬間を切り取り、その美しさを目に舌に心に増幅させる。

庭師が季節のさまざまな表情を映し出すための舞台装置として〈庭〉をつくる「季節の演出家」とすれば、自然の機微をこまやかに拾い、それを視覚から味覚にいたる通路をつくる和菓子職人は「季節の脚本家」といえるだろうか。

庭のディテールに潜り、微細な変化を逃さぬ彼らの嗅覚は、庭師のそれを持ち出すまでもなく、鳥虫にも負けず劣らず鋭敏だ。ミクロの世界に〈色〉を読み、〈形〉を見つけ、〈銘〉を与える。まるで山や畑から直接得る果実だけでは飽き足らぬかのように、「情緒の森」から新種の果実を採集しては、それを【口福】に変えてみせる。菓子文化も、季節の上で存分に遊んでいるようだ。

庭も菓子も、決してそれがないと生きていけないと言い切れるものではないが、かといってそれがないとさみしい。必需品とはいえずとも、生きる上で必要な余剰(アソビ)を知るふたつである。どちらも暮らしに季節の風を通す「窓」として、生活に抑揚を、忙しない心に一服の機会を与える。ふたつがともに企めば、足元のローカルな世界に広がる深宇宙への旅も可能となりそうだ。

最後にこんなことを思う。庭はFATHER(父)だろうか、MOTHER(母)だろうか。多様な文化の花を咲かせてきた京都で「庭と文化」を振り返るとき、日本庭園はマザーであろうとしてきたのではないかと思う。

いつもそこに何かを胚胎し、産み落とされたものをかたわらで見守り、やさしく養う。〈庭〉の根底にはいつも母性がはたらいているような気がしてならない。歌も絵も書も花も香も、そして菓子も、〈庭〉とともに「道」を見出してきた側面をもつ。文化の分母たらん、それが日本庭園の保育方針だったのではないだろうか。

マザーとは「包容」と「生産」、やわいやわい土壌、はぐくみである。

2026年8月7日  京菓子に京の庭を映しながら

庭師 | 猪鼻 一帆
口福 | 兎亀屋「よすがの庭」
文筆 | 佐伯 圭介(星ノ鳥通信舎)