日本の稲作文化は「苗床」という独自の間合いを見つけた。
種をじかに播くのではなく、苗に育つまで手元で世話を焼くことを惜しまなかった。春がおとずれる少し前に、小さなポットの中で芽を出した幼き苗を、水が張った土壌に足を取られながら植えていく。そこでは単に種を播くだけでは得られない、情愛じみたものまで土壌に染み込んでしまっているように思う。
日本の原風景のひとつである田植え。その方法は、至極当たり前の手順として日本人の知恵袋に畳まれ、わざわざ思い出されることも少ない。だが、この準備期間とも、ワンクッションともいえる「苗床の間」というものは、日本文化はもとより、庭の中にも独特なリズムとして通奏しているような気がしてならないのだ。わたしたちの身体は、稲作が見つけた苗床という「間」のリズムを、どこかで記憶し、いつの間にか文化にまで持ち込んでしまっている。そんな風には考えられないだろうか。
季節とともにうつろう庭という場所には、そもそも完成という概念がない。庭に骨格と基本的な表情をつくった後も、草木は生い茂り、葉はまた枯れる。「永遠の苗床」と呼んでも差し支えのないほど、折々に介護を必要とする場所。それが庭なのだ。
庭には、山から石や植物が、ときにはクレーン車まで導入して運び込まれる。それはいかにも物理的な作業に聴こえる。ただ、紫雲石ならどれでも、ツバキならなんでも、そういうわけにはいかないのが庭づくりである。庭をつくる施主方のおもい、庭がひらかれる場所の性格、周囲の自然環境。それらを庭師のセンスでリズムとして総合した末に、その庭に必要なものが必然的に選ばれていく。素材の種類やサイズよりも、表情や佇まいを見つめるように。ひとや土地のエナジーを代弁してくれる素材を「ものがたり役」として庭に引用するとでも言おうか。そこではかなり心理がはたらき、情愛さえ伴っているのだ。
そんな風に選ばれた石や植物たちが、庭に腰を下ろしたとき、やっぱり庭はどこか心の苗のようなものをはぐくむ場所に思えてくるのである。庭は、ひとの意識と無意識がともに眠る心の底が、庭というかたちを借りて、表に出てきたようにさえ感じてしまうのだ。そうこうして、庭に鳥虫がおとずれ、雨風が音をたて、日月の光が差し込むとき、言葉より先に体温を持った感情がああっと流れ出ることがある。
こんなことがあるものだから、庭はどこか言葉や文字が生まれてくる以前の世界と通底しているのではないか。そんなことを思わせる。言葉より先に、まず山や鳥や草や雨のたてる音だけがあった原野を思い出させる。文字が自然の中を交通する事物のすがた・かたち・おとから造形されてきたように。庭が招く自然の小さなウツロイの光景は、言葉が産み落とされる前の内臓を揺らし、いまここに、静かに、情愛めいたものを滲ませてみたりするものだ。
文字や言葉はコミュニケーションのためにあるものだが、それは決して人と人のあいだを交通するためだけに用意されたものではない。庭は詩情としてあまた歌われ、詩景としてあまた描かれてきたように、人と自然のあいだをかよう言語が存在する。そのかよいのための言葉や感覚に出会い、小さくはぐくむための場所が庭であるとするならば、庭を「詩情のための苗床」と呼んでみたいのだ。
庭は、ミノリ(実り)の前にイノリ(祈り)の期間を設けた「苗床」のように、情愛めいたものを静かにはぐくむクッションのような場所であり、器(うつわ)のような凹みなのかもしれない。いずれにしても、庭はいつもさりげなく、そこはかとなく構えているものなのだ。
案内人 | 猪鼻 一帆
連レ人(編集)| 星ノ鳥通信舎