十五、庭学 – 石組ミ式

日本庭園のレッスンをしてほしい。近頃、海外の方からそういうオーダーをいただくが、彼らの日本庭園に対する熱量にはいつも驚かされる。

日本庭園のなにが彼らの心を打つのか。日本庭園になにを期待しているのか。庭の世界に両手両足をどっぷりと浸けてきた私にとって、外からの眼は新鮮であり、それは日本庭園のまだ見ぬ可能性を知らせる存在でもある。

先日は、北山さん(北山都乾園)のお客さまで、シカゴで30年にわたり造園会社を営むトムさんがひとりで京都を訪れた。飛石や石組みについて理解を深めたい。海の向こうで長年庭づくりを行い、日本庭園の熱心な勉強家であるトムさんに必要な環境は、実践だった。

しかし、実際に石組みをするといっても、スペースや素材の調達を含めて、そんな環境をたやすく用意できるわけではない。今回は、龍安寺近くに展示場を構える石材屋・北山都乾園さんの計らいで、資材置き場の一角をお借りし、庭の学校をひらくことができた。

山石や川石がどっしりと積み上げられた〔石のお山〕の麓に、木枠で囲った長方形の仮場をつくる。そこに砂利を敷き詰め、石組みのためのレッスン場が完成。あとは目の前の山に登り、庭に導入する石をみずから選んでいく。

トムさんがセレクトした石に庭師がワイヤーをかけ、都乾園のスタッフがクレーンでそれを吊り上げる。目の前の〔石のお山〕から自由に素材を選び、石組みの実践ができる稽古場は、子どもが無我夢中で楽しむ砂場遊びがそのまま大人にまで発展すれば、ここまでのことができる。そういう本気の遊び方とロマンに満ちていた。

石組みは、庭の力点となる「親石」を選ぶことから始まる。ファースト・ストーンとしてどんな石を選び、どこにどのように据えるか。この「親石」の選択と配置によって、以降の石の据え方がおのずと決まってくる。ここには庭の無限のかたちがあるとともに、ここで庭のかたちの方向性が決まるため、誤解を恐れずにいえば、この一手によって世界が変わってしまう。

次に、親石を支える「支石」を選ぶ。そのふたつの距離が近すぎると関係が窮屈になり、また離れすぎてもおぼつかない。そのちょうどよい〔間合い〕を探っていく作業だ。そして、次に選ぶ「孫石」は、その一対の関係とは別の流れを庭にもたらす。言い方を変えれば、力を逃がしてやるために機能する。

上に突き抜けていく力、それを下から支える力、それらを引っ張る力。異なる方向や働きを持つものがひとつの場に共存するために力を分散させていくことで、バランスが生まれる。日本庭園の真髄はここにあり、庭師はそこで石をデザインするのではなく、その〔間合い〕や〔関係性〕をデザインする調整役であること、energy flow(エネルギーの流れ)を見ていることを伝える。

トムさんは孫石を据える際に「力を逃さずに庭の中に留めておきたい」という感覚を伝えてくれた。突き詰めていえば、日本庭園は人々の安心のためにあり、それは日本の風土や信仰に寄せてつくられてきた。だから海外の人にとっての安心の条件やバランス感覚にすべて叶うとは到底思えない。そういう意味で、日本庭園がいつも「正解」を持っているわけではない。

ただ、それぞれの人にとっての安心のかたちを考え、それを具体化するための「方法」を日本庭園は持っているのではないだろうか。少なくとも、そういう目線で日本庭園の考え方を案内するとき、文化や思想の違いを受け入れながら、明るい対話が生まれる。これだけにおいても、日本庭園のセカイに対する「器」の広さが垣間見える。

[ STUDY ]飛石・石組みワークショップ
時:2025年11月5日(水)
処:北山都乾園

案内人 | 猪鼻 一帆
連レ人 | 佐伯 圭介(星ノ鳥通信舎